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動物進化を追体験する子どもの遊び

2002.4.30  雛元 昌弘

1.子どもはなぜ遊ぶか

 「子どもはなぜ遊ぶか」についての従来の学説は、「剰余エネルギー説」「気晴らし説」「本能説」「大人への準備説」「人類の進化の反復説」「般化説」「代償説」「浄化説」精神分析説」「発達説」「学習説」(M・J・エリス『人間はなぜ遊ぶか』、山田敏『遊びと教育』)などです。これらの説は、1つ1つはなるほど、と思うものの、何か、説明しきれていないものがあることを感じていました。

2.幼児期から児童期の子どもの遊びは、動物進化の追体験

 これに対して、私の仮説は、「幼児期から児童期(特に、低学年期)の子どもの遊びは、人間の成長に必要な、動物進化を追体験する本能である」というものです。
 この説は、「なぜ子どもは木登りが好きなのか」という考察から始まり、子どもの行動を観察した結果に基づく遊びの分類からたどりついたもので、それを、人類のDNAに残されている、魚類から両生類、鳥類、は虫類、原始ほ乳類から猿、人への進化の課程の記憶と結びつけた仮説です。これまでの遊びの学説との違いは、「人類進化の歴史の反復説」を、魚類や両生類、鳥類、は虫類、原始ほ乳類などにまで遡らせたものです。

幼児期から児童期の子どもが喜ぶ野外遊びの種類(サカナからヒトへの進化をたどる

タイプ 活動 遊び場の種類
1.サカナ型活動 @ 水遊び プール、湖水浴場、海水浴場
2.カエル型活動 @ 泥遊び ジャブジャブ池
3.トカゲ型活動 @ 腹すり遊び(はいはい、斜面滑り) 斜面滑り、滑り台
4.トリ型活動 @ 紙ヒコーキ
A 凧揚げ
河原、公園、運動場〃
5.ネズミ型活動 @ 隠れんぼ
A 砂遊び、穴掘り
B 集める
C いないいない ばあ
洞窟、土管、迷路、木の空洞、小さな小屋砂場どんぐり林、クリ林、クルミ林公園の遊具など
6.サル型活動 @ 木に登る
A ぶら下がる
B とる
木登り公園、棒のぼり、ジャングルジム、フィールドアスレチックターザンゴッコ、ブランコ、鉄棒、運てい観光果樹園、クヌギ林や野原(昆虫採取)
7.ヒト型活動 @ 追いかけ遊び
A 舟遊び
B 乗り物遊び(自転車など)
C ごっこ遊び
D 集団ゲーム
公園、広場川、湖、海公園、広場、乗馬公園、サイクリングコース公園、広場、テーマパーク公園、広場

3.子どもは木登りが好き

 乳児の頃から、子どもは大人の両手の親指を握って、ぶら下がろうとします。公園に幼児を連れていくと、最初にかけよる遊具は、ジャングルジム(複合遊具)や滑り台です。また、木の上の秘密基地や、ツリーハウスの物語が大好きです。なぜでしょうか?
夕暮れの校庭で子どもが数人、ジャングルジムの上で話をしている姿をよく見かけます。それが、まるで猿の群のように見えるのは、私だけではないと思います。
このような子どもの行動を見ていると、人はかって、猿であった時の記憶をたどっているとしか思えません。木の上が安全であり、果物や花など、食物も豊富な別天地であったことが、原始ほ乳類から猿への進化を促したのですが、その猿の時代の記憶は、人になっても受け継がれているのです。

4.「いないいない ばあ」はなぜ飽きないか

 誰に教わるでもなく、赤ちゃんから幼児まで、子どもは「いないいない ばあ」が好きです。乳児の頃は待ち受け型ですが、幼児になると、積極的な偵察型で探しに行きます。結果が分かっているにもかかわらず、何度でも繰り返して、子どもは毎回大喜びでこれを楽しみます。際限がありません。
その理由は私にとってずっと謎でしたが、遊園地などで子どもが狭い穴に入りたがることから、その秘密に気づきました。かって、原始ほ乳類の頃に、彼らが穴暮らしをしていたことから、説明がつきます。安全な暗い穴に潜んでいて、両親が食料を運んでくることを待っている原始ほ乳類の子どもにとって、親はいきなり、「いないいない ばあ」状態で現れます。それは、子どもにとっては、生死につながるすごくうれしいことなのです。また、暗い穴蔵をはっていき、親に出会う時もそうです。視界が開けたところで生活する猿や鳥、魚などからは、「いないいない ばあ」で大喜びする体験は説明できません。
子どもが、原始ほ乳類の記憶をたどっていることは、子どもが土管やプラスチックなどの穴の下をたどることや、机の下や押入などの狭い空間が大好きであることからもわかります。また、子どもが砂遊びが好きで、小石や砂を雨樋の穴の中に入れたり、囲いの外にせっせと掘り出す遊びを繰り返して飽きないことなども説明できます。「かくれんぼ」が大好きなのも、恐らく、同じような原始ほ乳類の経験の追体験と思います。


5.人はなぜ空を飛びたいか?

 ライト兄弟が飛行機で空を飛びたいと思ったのはなぜでしょうか?孫悟空やピーターパン、トトロや魔女の宅急便、ハリー・ポッターのように、世界の子ども達が空を飛ぶ物語が好きなのは、不思議です。人や猿の記憶からは、たどれません。「ああ、人は昔々、鳥だったのかも知れないね。こんなにも、こんなにも、空を飛びたい」という中島みゆきさんの歌がありますが、詩人の直感は正しいのではないでしょうか?
 人は鳥の真似をして空飛ぶ機械を発明しましたが、鳥であった記憶が人の中にかすかに残っていて、同じように飛びたい、と思ったのが出発点ではないでしょうか?

6.ハイハイ遊びの記憶

 乳児は、最初は腹をすりながら「はいはい」を行います。そして、幼児になっても腹すりの遊び(砂場や滑り台など)が大好きです。これは、両生類とは虫類の記憶と考えられます。いきなり四つ足で立ち上がるほ乳類とは、明らかに違う遊びです。
子どもが土管の中などを、四つ足歩行で歩くのが好きなのは、穴暮らしの原始ほ乳類の記憶から説明できますが、腹すりの「はいはい」や腹すりの滑り降りは、は虫類の記憶から説明できます。


7.泥遊び大好き

 子どもは、砂遊びとともに、どろんこ遊びが大好きです。水辺に連れていくと、親が制止しない限り、水に足を入れ、泥を手ですくうことを始めてしまいます。誰が教えるわけでも、他の子どもの真似をするのでもないのに、自分から始めてしまいます。
なぜ、ぬるぬる、ぐちゃぐちゃの汚い泥遊びが大好きなのか、それは、かって、人の祖先が水際で暮らしていた、両生類(カエルの先祖)の時代の記憶をたどっているのではないでしょうか?
 人も水田耕作の長い歴史や、貝を採取したり、魚をとってきた長い歴史をもっていますから、その記憶の残りかもしれないのですが、子ども達は、純粋に泥の感触を体中で楽しんでいるように思います。
 鹿島市の「ガタリンピック」では、大人が干潟の泥でレースをして遊んでいますが、ゲームで競うというよりは、泥だらけの皮膚感覚を楽しんでいるように思えます。人類以前の記憶としか考えられません。


8.魚のように

 私の体験から、幼児に泳ぎの楽しさを教えるためには、水中メガネとシュノーケルと浮き輪を与えて、海や川に浮かべるのが一番、と考えています。浮力と息継ぎ、水中の視界確保の3つの助けがあれば、幼児はいつまでも水の上で楽しんでいます。
 さらに、乳児の時から、プールで泳ぎを教える不思議な映像を目にした人も多いと思います。もともと、母親の羊水の中で育った子どもには、水を楽しむ魚類の時代の記憶が残っているとしか考えられません。ほ乳類のカバの先祖が海に帰ってクジラになったのは、母なる海に帰りたかったからではないでしょうか?
 もちろん、人にはワニにおそわれたりした猿の記憶もありますから、水が怖い、という記憶も残っているはずです。人とサルは水を怖がり、泳げないのですが、一方で水が大好きということは、人とサルには、それ以前の異なる記憶が同時に残っている、と考えれば説明できます。


9.進化の歴史をたどる

 人のDNAのうち、95%は人の遺伝子としては使われておらず、残りの部分には、生命誕生からの進化の情報が全て書き込まれている、といわれています。
 また、人は、母親の胎内で、わずか10か月のうちに、魚から両生類、は虫類、ほ乳類の形態の変化をたどっていると言われます。
 そう考えると、人は、知らず知らずのうちに、動物が進化してきた、人以前の生物の古い成長の歴史を刻んだDNAに導かれて、遊びでその跡をたどってきている可能性が十分にあります。それは、人の記憶や体験からは説明が不可能なことがらなのです。
なぜ、木登りがしたいのか、なぜ、砂遊びや泥遊びをしたいのか、空を飛びたいのか、人の進化のDNAからだけでは、説明しきれません。

10.人固有の遊び

 では、子どもの遊びが全て、人以前の記憶をたどっているかというと、人固有の遊びもあります。
 例えば、「おしゃべり」や「歌遊び」、「ごっこ遊び(ファンタジー、集団の役割分担)」や「ゲーム」、「火遊び」や「ままごと遊び」、「舟遊び」や「車遊び」、「玩具遊び」「道具遊び」「創作活動」「お絵描き」「楽器演奏」、「飼育や栽培」などは、人固有のものです。
 子どもにとっては、これらの、人固有の「社会体験遊び」や「生活体験遊び」、「仕事体験遊び」、「技術・文化体験遊び」が重要ですが、幼児期や児童期の肉体的・精神的な形成には、それ以前の「動物遊び」がより重要なように思います。
 木登りや泥遊び、水遊びなどは、決して低級な遊びではなく、人が発達の過程で必要とするより根源的な遊びではないでしょうか?

11.子どもの野外遊びの復権<BR>

 今、子ども達の遊ぶ時間が塾通いやテレビなどで少なくなり、特に、野外での集団遊びの機会がなくなり、なかでも、危険と思われる水遊びや木登りなどの野外遊びの経験が減少してきています。
 人が、母親の胎内の水の中で育ち、魚から両生類、は虫類、ほ乳類への形態進化をたどるように、もし、長い人類の歴史の中で、子どもが遊びを通して、魚から両生類、は虫類、ほ乳類への進化の歴史を追体験してきたとすれば、そのような遊びの機会をなんの検証もなく止めてしまう、というのは心配です。長い人の歴史の中で続けてきた子どもの遊びを、突然、危険だからと止めさせてしまう、本来、やりたい活動をできなくする、ということは、より大きな危険性があるように思います。よく考えないままに、テレビやゲームで置き換えてしまっていいのでしょうか?

 そんなことが人の成長にとっては何の心配もない、ということが証明されない限り、子どもがやりたいように環境を整備すべきです。子どもの野外遊びの環境は、昭和30年代初頭の姿に戻す必要があると考えます。
 今、例えば、意欲的な保育所や幼稚園、生涯学習、ボランティアグループなど、様々なところで、新しい試みが始まっています。また、小学校でも、総合的な学習時間を使った取り組みなども行われてきています。
 社会全体で、子どもの野外遊びの必要性を認識し、様々な「動物遊び」(人以前の記憶をたどる遊び)」の機会や安全な環境を増やす必要があると考えます。