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東京湾は、日本有数の生産性の高い漁場ですが、古くは明治・大正期から、千葉県側は昭和40年代から海岸線は埋め立てられはじめ、干潟の約90%以上は消失し、遠浅の浜辺は、わずかに三番瀬と盤洲の2カ所になっています。
かつて、江戸の住民達が、水の都で船遊びを楽しみ、潮干狩りや釣りを楽しんだ海岸は、工場や流通施設、ゴミの埋立地に変わり、その後、売れなくなった工場用地は、レジャー施設(ディズニーランド等)や業務用地、住宅地などに取って代わりました。
以前、東京都の日の出や晴海、豊洲の再開発の仕事(豊洲のディンギーパークも含まれます)をしたときに、江戸時代の海辺の歴史的な景観をデザインに活かしたくて、原風景が残っている場所がないかと探しましたが、皆無でした。
関東大震災や東京空襲の影響を受けるとともに、日本の経済の中心地であっただけに、自然や歴史を忍ばせるものは全て消えてしまっていました(浜離宮のあたりを除いて)。なんの知恵も工夫もなく、ただ経済だけを優先し、自然と人々の生活スタイル、歴史を変えてしまったのでした。
自然の中で小型ヨットを楽しみたい愛好者からすると、車で海辺に出かけ、自然の浜辺に車を停めて小型ヨットを出せるような場所は、東京湾では皆無に近くなってしまったということになります(横浜海の公園くらい)。さらに、小型ヨットやカヌーで出かけて海岸のキャンプ場でキャンプする、というような活動(キャットボート・キャンプ)ができる場所はほとんどなくなっています。巨大な船舶が行き来する工業ゾーンでしかなくなってしまいました。
人口の最大集積地において、小型ヨットという文化はもはや必要ない、と宣告されてしまったのです。産卵場所や生活場所を奪われた魚や貝たちと同じように、小型ヨットという文化が育ち、継承されていく豊かな海岸はなくなってしまいました。
このような東京湾の環境の中で、ランブラーを使って三番瀬のアナジャコの調査をしたい、という自然保護団体(千葉の干潟を守る会 代表 大浜清さん)のAさんからの問い合わせがあり、2002年11月23日の彩湖での試乗会をへて、自然保護協会の援助を受けて、1隻、購入していただけることになりました。保管場所をとらないことや、各地の他の場所でも観察に使えることが、選定理由になったようです。
ランブラーの進水式には出席できませんでしたが、1月18日に「山から川へ そして海 2003三番瀬・盤洲」の展示とコンサートの招待券をいただき、船橋市にでかけてきました。
三番瀬などの展示の一角に、Aさんによるランブラーの進水式の模様などが動画とスナップ写真で流されていました。説明を受けたあと、県下の音楽家による合唱や演奏、太鼓、伝統芸能などを楽しみました。
セイリングさせてもらう自然の環境についてもっと知らなければ、ということと、自然回復の取組みに関わらなければ、という思いを強くしました。そして、長大なコンクリートの防潮堤のそこここに、自然海浜の復活と公園の整備を図りたい思います。
また、湿地保護のラムサール条約に登録された全国各地の水辺でセイリングを楽しんでみたい(生物たちの邪魔をしないようにしながら)、という新しい目標がでてきました。